「刹那」
やっと見つけた。
最近あの冷徹美人な青年とよくいるから、少年が一人でいる時間を狙うのは案外難しかった。
今、美人な青年は整備士も付き添ったガンダムの最終点検中だ。次を待つキュリオスのマイスターも共に、格納庫へ出払っている。因みに俺と少年はそれを先に終えていて、俺にとってこれ以上ない絶好の機会。
安堵から口をついた名前に少年がくるりと振り返った。その反応が何より嬉しい。
ただそれだけの事に一喜一憂しているなんて可笑しいだろうか。それでもこの少年に対する行動はコントロール出来ないしするつもりもないから。
いつものポーカーフェイスを剥いで裡から溢れる出るままに表情を崩した。
「探してたんだ」
「急な用件か」
「ああ」
俺にとっては。
その言葉を飲み込んで質問を一番近い所に据え置いた。
「最近、俺を避けてるよな?何で?」
言っていて自分の表情がなくなったのが分かった。でも取り繕えない。そんな余裕はない。
どんな変化も見逃さないように赤い眼を見詰める。変化は、ない。
でも一度瞬きした後、少年らしさが失せた、無表情の仮面に切り替わったように思えた。
「何の事だ」
「しらばっくれるなよ。俺が怪我してから近寄らなくなってるだろ」
「気の所為だ」
「気の所為なんかにさせるかよ!」
抑えの利かない感情のまま大股で距離を詰め、加減もせずに二の腕を掴んだ。
少年は顔を顰めもしない。不快の色も表わさない。
どこか可笑しい。
少年は掴まれた腕を伝って俺を眺めると目を細めた。
「放せ」
「なぁ、ティエリアが何か言ったのか?だったら俺が、」
「ティエリアは関係ない!」
強く強く睨まれる。
ぶつけられる感情が何であれ、久し振りに少年がこちらを向いてくれた気がして、急激に体温が上がった。
そんな俺の沈黙をどう取ったのか分からないが、少年は声を荒げた事を責められたように視線を落としながら、関係ない、と繰り返した。
「でもティエリアと話すようになってから俺を避け始めただろ?」
「それは俺が…っ!おれ、が…」
そこまで言って、少年は唇を噛んだ。その先を、聞きたい。
無意識に唇へと伸ばした手にビクリと肩が揺れたのを見て、苦笑で内面を隠し腕を下ろした。
それなのに。俺が求めているものは分かっている筈なのに、紡がれたのは続きではなく仮面を被り直した無機質な言葉だった。
「ティエリアはアンタを大切だと思ってる」
「俺はお前がどう思ってるのか聞きたいの」
「俺の事は関係ない」
「関係なくなんてない!」
腕を拘束する力が強くなる。鍛えている事がよく分かる固い腕。それを支える骨に指先が食い込んで、ゴリ、と嫌な音で骨が移動した。
後で痣になるに違いない。そう分かっていても腕を話すなんて選択肢はなかった。
掴めば刻みつけられる痕のように、その心に残れば良いのに。
「じゃあさっき言いかけたのは?『俺が』、何?」
「それは…」
「なぁ刹那、教えて。俺は、お前の考えてる事を知りたいんだ」
もう、懇願だった。
教えて欲しい。ただそれだけ。
少年が身動ぎしたので掌にこめた力を弛める。その代わりにもう片方の腕に空いていた手で縋り付いた。
自分の心がこんなにも荒れているのに、相手の凪いだ赤を見ているのも限界で、低い位置にある肩に額を預けた。
「俺は、ガンダムになれない。俺はまた、救えなかった」
だから、と続く言葉は胸の奥底に沈んだ。
少年の表情は変わらず動いてはいないだろう。しかし耳元にある口から吹き込まれる慟哭が、波打つ海原のように寄せては返している事実を突きつけた。
しかし俺はというと、この状況に打ち震えていたりする。
少年の一連の行動理由が、動揺が、俺から生まれていた。その事実に不謹慎にも頬が緩みそうになり、顔が少年から見えない位置であった事に感謝した。溢れだしそうな感情を手の中にあるものを包み直す事で何とか抑える。
「でも何で俺を避けるの」
守るのなら、まず手の届く場所にいなくては話にならないだろう、と努めて冷静に聞こえるように声を調整する。躊躇を見せた少年にだめ押しをする為に、耳元で名前を呼んだ。
「………俺が側にいては駄目だと思った」
「何で」
「俺では守れないからだ」
「守れないから、側にいちゃいけないの?」
一つ首肯が返ってくる。何かが可笑しい結論に少年は気付いていない。
何で、ともう一度聞いてみるものの、意味が分からない、と首を傾げられるだけだった。
「刹那、俺はお前さんに守って貰わなきゃいけない程弱いつもりはねぇよ」
「だが怪我をした」
「これは俺が選んだ行動だから誰にも防げなかったよ」
「だが、」
「俺は!」
視線と声を被せる。
少し黙っていて。
聞いてほしい。
「俺は守ってほしいんじゃなくて、お前さんに側にいてほしいんだよ」
いや、側にいてほしいんじゃない。俺が側にいたいんだ。
赤い視線を捉えて囁く。様々な祈りを込めた純粋な願い。
それでも少年は、だが、と繰り返す。
「だが、じゃない」
側にいさせて。離れていかないで。
それだけで良いんだ。他に何もいらない、欲しがらないから。
「離れるなんて許さないから」
手の届く範囲に、でなければ目の届く範囲に。でも視界から消えるなんて許さない。許さない。
渦を巻いた黒い塊が頭をもたげた。でもまだ大丈夫。まだ。
場に似つかわしくない笑顔を少年に向けて、相応しいように鎖をかける。少しだけ震えた体を無視して、寄せた耳元に、側にいさせて、と潜ませた。
首だけ持ち上げた闇はまたも眠りに落ちる。それは春眠のような浅い泡沫。側で足を踏み鳴らせば、直ぐにでも足を飲むだろう。
理解不全型懇願/ロックオンと刹那
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